古代エジプトの「本物」にふれる インタビュー28 文学部 山花京子 准教授

 ナイルの河畔に興り、地中海沿岸、さらにはオリエントに至る地域で栄えた「古代エジプト文明」。その雄大なスケールと華麗な文化は、研究者はもちろん、冒険家や旅行者の心を捉えて離さない。歴史ロマンの極みとも言える「エジプト考古学」について、東海大学文学部アジア文明学科の山花京子准教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 湯浅啓】

 ――般に「エジプト考古学」というと、遺跡などの発掘調査をイメージしますが、具体的には、どんな方法で、どのような研究が行われているのでしょうか。

 よく「考古学と歴史学は、どう違うのか?」という質問を受けます。大学を受験されるお子さんをお持ちの方は、特にそうですね。その答えとしては、一般に「歴史学」というのは「文献学」が主になります。つまり、文字で書かれた文献を正しく読み、そこから当時の社会や暮らし、人々の考え方や文化を再構築しようという学問です。それに対して「考古学」は、歴史の中でも文字のない時代を扱います。その場合は「物」にあたるしかない。つまり、小さな物では、当時の人たちが残したお茶わんのカケラとか、煮炊きの跡とか、大きな物では、あの巨大なピラミッドなどをじっくりと観察して、文字のなかった当時を復元・再構築する、そこが考古学という学問の一番大きなところだと思います。

 ただ、古代エジプトの歴史は多くが分かっているように見えて、実のところ、その内容の多くは、王様や王族、貴族などの支配層の人たちの死生観を表したものです。それでは、本当に古代のエジプトを理解したことにはなりません。そこで、私自身の研究は、遺跡などから発掘されたガラスや金属、そしてファイアンスという陶器とガラスの中間物をテーマとしています。特にファイアンスは古代にのみ存在した物質で、現代には伝えられていません。そのような謎の物質の形などを分類し、理科系の研究者と共同で化学分析も行っています。そうすると、一つ一つの遺物から分かることは少ないのですが、データを集積することで、どのような原材料が、どんな流通経路でもたらされたのか、製作にかかわる技術革新なども推定できます。考古学・美術史・技術史・分析化学などの学問領域の間を埋めるような研究をめざしています。

 ――エジプトを見る「考古学的な目」というのは、あるんでしょうか。印象的な経験を聞かせてください。

 現在のエジプト、特に都市部の人たちの暮らしは、もう、ほとんど日本のそれと大きな違いはありません。しかし、地方の村などに発掘調査に行くと、まだ古代の生活様式を踏襲している人たちがたくさんいらっしゃいます。1998年ごろでしょうか、まったく観光地化されていないナイル中流域の地域に調査に入った時は、非常に古い慣習や伝承、生活様式がまだたくさん残っていて驚きました。そういうところを目の当たりにすると、現代というのは単にいろいろなものが便利になっただけで、実際の暮らし方や生活のクオリティーというのは、あまり古代と変わらなかったんだな、と思いました。発掘に参加している現地の人たちの家などに行くと、実際の発掘で出てくる煮炊きの道具などと、現代の道具が基本的には違わないのです。おそらく、古代の人たちも、似たようなものを、似たような方法で料理して、食べていたんでしょうね。まあ、それが、ツタンカーメンやクレオパトラとなると、違っていたでしょうけれど。

 一般の方々が観光旅行などでエジプトへいらっしゃる場合は、何か、一つ、テーマをお持ちになることをお勧めします。と申しますのも、たとえば、神殿などは三つ行けば、ほとんど違いが分からなくなってしまうんですね。私の場合も、最初はそうでした。勉強しようと思って行っても、四つ目からはどこを見ていいのかわからない(笑い)。ただ、本当に心に残る旅にしようと思ったら、行く先行く先で何か探す目標を決めていくんです。たとえば、古代エジプトの神殿は後の時代にキリスト教の礼拝堂に転用されたケースが多く、そこにはキリスト教の「十字」を彫られた場所があるのです。その十字を探して歩く。十字がある場所は当時の人々にとって最も神聖な場所ですから、それを探してみるという作業は、意外と遺跡の中の核心部分に触れるということがあるんです。また、最近のエジプトの街は電気が通って、夜が明るくなりましたが、ナイル川でボートに乗って夜空を見上げると「天の川」が何とも雄大に、美しく広がっています。古代エジプトの人たちは天の川を「女神の胎内」だと考え、その女神が自分たちを守ってくれていると信じていました。そういった当時の人たちの価値観を、身をもって感じることができるでしょう。

 ――そういった専門研究の一方で、故鈴木八司・東海大学名誉教授が残した「鈴木コレクション」の研究・整理業務も担当されています。

 鈴木先生は、私にとって「エジプト学の師」です。エジプト考古学の研究者だった先生は、ユネスコの世界遺産第1号といわれているエジプトのアブシンベル大神殿の移築に際して、外務省から派遣されたただ一人の日本人です。先生が集めたコレクションは、古代エジプトおよび中東のパピルス文書・土器・織物など5000点余り、調査の際の記録写真など約1万5000点にも達する、質・量ともに日本有数のものです。2010年にご遺族から寄贈いただき、現在、大学院生や学部生なども参加して整理作業を進めています。

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