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大久保 万智 | 芝浦工業大学柏高等学校 2年 |
受賞コメント
この度は素晴らしい賞をいただき光栄に思います。私は趣味や嗜好が周りに理解されなかったり様々な誤解が多く、共通の趣味を持つ人とはインターネットでつながる以外に手段がありません。それ故に日常生活において少なからず肩身の狭さを感じていましたが、それが少し解けたような気がします。今回のテーマが「復興」ということで、書きながら様々な思いがこみ上げましたが、何においても何かしらの人とのつながりが重要であることが分かったので、今の生活に自信をもちつつ更に新たなつながりが作れればと思います。また、文章を書く楽しさも分かったのでこれを機会に日記を書こうと思います。本当にありがとうございました。
作品 課題:「復興」
三月十一日午後二時四十六分、あの瞬間、私は家で遅めの昼食を取っていた。私の家は地所柄、日常でもかなり揺れるのであの瞬間は地震だと思わなかった。それからすぐにすさまじい揺れを体験した。我が家も食器棚が開き、檻のなかにいたウサギも飛び出した。家族はどうにか帰ってくるだろうと思い、とりあえずツイッターを見た。驚愕した。
そういえば、翌日にベリーズ工房のライブが仙台で行われるんだった。たしかフォロワーさんで前乗りしている人がいたはず。そんなことをつぶやいた。的中だった。
彼は仙台市街で被災した。彼は大阪から翌日のライブを観るために前日に仙台に入っていた。ツイッターで無事をつぶやき、停電で新幹線が止まって帰れなくなっていることも添えた。彼のフォロワーは、動けなくなって憔悴している彼の代わりに帰宅ルートを探していた。皆が必死だった。
最終的に、彼は高速バスで山形に行き、山形空港から羽田空港で乗り継ぎ、伊丹空港へと帰還できた。旅券はフォロワーが手配した。
少なくとも、彼とフォロワーの関係は共通の趣味を持つ人でしかない。私もそのうちの一人に過ぎないのだが、まるで目の前で話している感覚の分、危機的状態で立ち上がるフォロワーも多かったと思う。
ツイッターといえば、プレイ・フォー・ジャパンのハッシュタグをつけた祈りのメッセージが世界中からつぶやかれた。日本は愛されていると心から感じた瞬間だった。
私のオーストリア人の友人は、動画サイトで得た知名度を生かしてすぐに祈りのメッセージ動画を投稿してくれた。心のつながりを感じた。
私には、インターネットという媒体を通じてでしか会話ができないが、いざとなったら助けるし助けてくれる友人がいる。そのなかには今回の地震で職を失った人もいる。しかし、つながりがあるから、いつもお世話になっているから、借りがあるから、誰に構わず皆が皆、いち早く救いの手を差し伸べることができたのだと思う。
今、実生活で人とあまりつながれなくても、関わりを断ってはいけない。さまざまな方向にアンテナを張り、趣味でもいいから関わりを持つ。こうしたことが途切れない限り、日本はどんなに困難な道のりでも必ず乗り越えられるだろう。それを証明するために今、私達が一歩一歩動き始めたところである。





