岐阜県南部の長良川に近い住宅街。昨年3月、千葉県市川市で起きた英会話講師、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)殺害事件で指名手配されている市橋達也容疑者(29)の母は、自宅で一人、息子からの連絡を待つ。
「一生逃げるなんて死刑よりも残酷なこと。それはさせたくないの」。8月上旬、母親は自宅近くの路上で小さな体を震わせた。
勤務医の父と歯科医の母の元に生まれた市橋容疑者。父は事件後に退職したが自宅には戻っていないという。母も両親が開く歯科医院を辞めている。
「自分の息子だから、生きていれば私のところに来ると思う。手紙でも何でも来ると思う。息子が助けを求めてくればちゃんと一緒に警察に連れていくって被害者のお母さんにも約束したの」
千葉県警に寄せられた市橋容疑者に関する情報は9月末で約5200件。「公園のホームレスで似た人がいた」「似た人が飲み屋に来る」。県内からは約450件で、東京が約900件と最も多い。北海道約80件、九州約90件と全国から情報が寄せられている。市橋容疑者のマンションから銀色のカツラが押収されており、女装趣味があるとみて捜査員が東京・歌舞伎町の歓楽街で聞き込みをしたこともある。しかし確実な所在の痕跡はない。
◇ ◇
「どんな情報でもいい。何か知っていることがあれば教えて」。リンゼイさんの父、ウィリアムさん(55)は9月16日、市川市の東京メトロ行徳駅近くでチラシを配った。4度目の来日だ。
優しい娘だったという。大学時代、貧しい人を見ると、「お金をあげると使ってしまうから」とフィッシュアンドチップスを買ってあげた。日本で子供に英語を教えるのが夢だと話していた。
「娘の命をこの男が奪った」。翌17日に取材したウィリアムさんは、悔し涙を流した。「早く出頭して罪を償ってほしい。逃げ続けても、私はまたここにきて彼を捜す」【石丸整、寺田剛、宮川裕章】
◇ ◇
逃走を続ける容疑者とその周辺には、計り知れぬ苦しみと悲しみ、怒りが渦巻く。11月の指名手配捜査強化月間を前に、逃亡者の家族と追う刑事、容疑者自身の思いを追った。(毎日jp http://mainichi.jp/では、リンゼイさん事件の現場を映像でたどります)
==============
■ことば
千葉県船橋市のリンゼイさんが昨年3月25日から行方不明になった。捜査員が26日夜、英会話の個人レッスンを受けていた市橋容疑者の市川市のマンションを訪れたところ、ドアを飛び出してきた市橋容疑者が制止を振り切って逃走。ベランダに置かれた浴槽からリンゼイさんが絞殺体で発見された。県警は死体遺棄容疑で指名手配している。
毎日新聞 2008年10月27日 東京朝刊