挑む春:センバツ・第2部/ルーツ編 高崎/4 /群馬
毎日新聞 2012年02月23日 地方版
◇先輩の汗と涙を背負い 甲子園での校歌信じ
創部114年の歴史を誇る高崎高校野球部の歴史には「悲運の名門」と呼ばれた時代がある。甲子園出場をかけた1956年秋の関東大会と翌57年夏の北関東大会。いずれも決勝に進んで「あと1勝」に迫りながら切符を逃した。主に1番遊撃手として当時のチームを引っ張った本多〓(ゆたか)さん(72)は、最後の夏を鮮明に覚えている。
土浦一(茨城)を相手に1点リードで迎えた七回。誰もが甲子園行きを信じていた。ところが守備のリズムが突如崩れ、一挙6失点。形勢を逆転することはできず、夢ははかなくも消え去った。試合後、ナインが号泣する中で、本多さんは思った。「壁は高いが、いつか後輩たちが甲子園で校歌を響かせる日が必ず来るはずだ」